閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)とは
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(以下OSAS)は、寝ている時に息の通り道である気道が閉塞し、呼吸が停止してしまう病気です。夜間のいびきや無呼吸、起床時の頭痛、日中の眠気などの症状に加え、交通事故のリスクや、脳心血管病のリスクにもなります。本邦のOSAS患者さんは900万人程度いると想定されていますが、自覚症状がないこともあり未診断の方が相当数いると考えられています。
正常な気道とOSASの気道の違い
「Sleep Profiler自宅配送患者用説明資材」(Phillips)より引用
正常な気道では、鼻から吸った空気はのどを通過して気管支に入ります。一方、OSASの気道では、のどの奥が軟口蓋(なんこうがい)や舌根(ぜっこん)で閉塞しているため、呼吸が停止してしまいます。この様に気道が閉塞して呼吸が停止することを「閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)と呼びます。
OSASの最大の問題は低酸素を起こすこと
気道が閉塞することにより、呼吸が停止することがOSASの原因でした。それでは実際に呼吸停止により私たちの体にどんな変化が起こるのでしょうか。最大の問題は呼吸停止により、低酸素を起こすことにあります。下の図は、未治療のOSASの方が寝ている時の酸素飽和度の推移を表しています。赤い線は酸素飽和度が90%、つまり私たちが生きていくために最低限必要な酸素量を表していますが、赤い線を割っている部分が低酸素ということになります。
低酸素をもう少しわかりやすく説明してみましょう。皆さんは登山を行ったことはあるでしょうか?高所では酸素が薄くなると言われています。睡眠時無呼吸の低酸素を登山に例えるなら下記のようになります。例えば酸素飽和度が60%程度であれば標高8000m級、つまりエベレストに無酸素登頂しているのと同じくらいの状態です。寝ているつもりでも、実際には体は休まっていないということが良くわかるのではないかと思います。
OSASと合併症
高血圧や糖尿病などの生活習慣病で治療している方にはOSASが30~50%程度合併していると言われています。特にたくさんの薬を内服されている高血圧の方はOSASの可能性が60~80%と非常に高く、注意が必要です。
- 2型糖尿病患者さんの33%
- 高血圧患者さんの30~50%
- 3剤以上降圧薬を内服している高血圧患者さんの60~80%
引用:日本医師会雑誌2020第149巻
日本内科学会雑誌2020第109巻
OSASの症状
OSASの症状として多いのは無呼吸といびきです。一方、症状の頻度としては多くはありませんが夜間の窒息感やあえぎ呼吸、起床時の頭痛があればOSASの可能性を強く疑います。
いびき 無呼吸 |
OSASの多くで見られる症状 |
夜間の窒息感・あえぎ呼吸 起床時の頭痛 |
頻度は多くないが、OSASの可能性が高い症状 |
- 感度:疾患がある人のうち、検査が陽性となる人の割合
- 特異度:疾患がない人のうち、検査が陰性となる人の割合
ESS問診票
OSASの症状として見られる症状の1つに日中の眠気があります。日中の眠気を点数化したものをESS問診票といいます。11点以上ですと約70%の確率でOSASがあるとされています。この問診票は感度が高く、特異度が低い検査です。従いましてOSASの多くでESSが11点以上となりますが、11点未満であったとしてもOSASの可能性を否定出来ないことには注意が必要です。
【参考】日中の眠気を評価する質問票(ESS>11点以上で高値)
Copyright, Murray W. Johns and Shunichi Fukuhara. 2006.
BMI(ボディマスインデックス)
BMI(ボディマスインデックス)は(体重÷身長÷身長)で算出される肥満度を表す指数です。日本肥満学会の判定基準では、BMIが18.5~25を普通体重とし、25以上を肥満としています。肥満度が高くなるとOSASの割合が増えると言われており、BMIが25以上だとおおよそ70%の確率で睡眠時無呼吸を認めたとの報告もあります。
- BMI:体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
- BMI >25 で OSASの可能性が高くなる
OSASの診断
OSASの検査には脳波が付いていない「簡易検査」と脳波が付いている「精密検査」があります。これらの検査では寝ている時の「低呼吸」と「無呼吸」を調べる事が出来ます。OSASの診断のためには、1時間あたりの無呼吸+低呼吸回数指数である「AHI(無呼吸・低呼吸指数)を求めます。
1時間あたりの無呼吸・低呼吸指数(AHI)
検査中の無呼吸・低呼吸の回数を睡眠時間で割り、1時間あたりの回数を求めた指数をAHI (Apnea Hypopnea Index)といいます。しかし睡眠時間は脳波を装着しないと分かりませんので、脳波を装着しない簡易検査で指数を計算する場合は、検査中の無呼吸・低呼吸の回数を検査時間で割って求めます。これをAHIとは区別しRDI(Respiratory Disturbance Index)といいます。
- 無呼吸:少なくとも10秒以上の呼吸停止状態
- 低呼吸:気流が30%以上低下しかつ酸素飽和度が3%以上あるいは睡眠から覚醒すること
- AHI = (無呼吸数+低呼吸数) ÷ 睡眠時間(脳波付き、精密検査の場合)
- RDI = (無呼吸数+低呼吸数) ÷ 検査時間(脳波なし、簡易検査の場合)
OSASの重症度
日中の眠気などの症状があり、AHIが5~15を軽症、15~30を中等症、30~を重症と分類します。特に重症OSASは心血管リスクが高いため、CPAPによる積極的な治療が望まれます。
OSAS検査・診断の流れ
睡眠時無呼吸を疑う場合は、まず簡易検査を行います。簡易検査で重症(AHI40)である場合はそのままCPAPの保険適応となります。一方、軽症~中等症の場合(AHI20-39)は精密検査(PSG)を行い診断します。
(筆者作)
簡易型検査
簡易型睡眠時無呼吸検査は、鼻センサー、指センサー、動作センサーの3つを用いて「呼吸」「いびき」「SpO2(酸素飽和度)」「脈拍」を測定出来る検査です。コンパクトで装着が簡単なため、在宅で行うことができます。この簡易検査では1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数(RDI)を求めることが出来ます。
「睡眠時無呼吸症候群(SAS)検査について」(TEIJIN)より引用
当院の検査のながれ
ご自宅へ宅急便で郵送し1~2泊検査を行った後、宅急便で返送頂きます。2週間程度で結果が判明しますので、その後結果説明をクリニックで受けて頂きます。
費用
項目 | 費用 |
---|---|
3割負担の方 | 約3000円 |
精密検査
簡易検査に加え、脳波がついた検査です。頭や顔、体の必要な部位にテープで電極を貼りつけ、眠りながら脳波や呼吸、眼球、筋肉の動きなどを記録します。通常は病院で入院し行う検査ですが、在宅で検査を行うことも出来ます。在宅で検査希望の方は当院より提携検査会社へ手配致します。難しい場合は、精密検査を入院で行う事が出来る病院へご紹介させて頂きます。
費用
項目 | 費用 |
---|---|
在宅PSG(3割負担) | 約13000円 |
入院PSG(3割負担、ベッド代含む) | 30000~50000円 |
「Sleep Profiler自宅配送患者用説明資材」(Phillips)より引用
CPAP(シーパップ)
「Continuous Positive Airway Pressure」の頭文字をとって、「CPAP(シーパップ)療法:経鼻的持続陽圧呼吸療法」と呼ばれます。 機械で圧力をかけた空気を鼻から気道(空気の通り道)に送り込み、気道を広げて睡眠中の無呼吸を防止する治療法です。下記のように圧をかけると、閉塞部位を空気が通過することが出来るようになるため、無呼吸が解除されます。通常4~12cmH2O程度の圧がかかりますが、呼吸状態に合わせて機械側が送る空気の圧を変えて調整しています。
「Sleep Profiler自宅配送患者用説明資材」(Phillips)より一部改変引用 引用:Phillips社HPCPAPの保険適応と通院方法
CPAPは眠気などの症状があり、簡易型でAHI>40もしくは、精密検査(PSG)でAHI>20の場合に保険適応となる治療です。CPAP機器は医療機関を介して代理店よりレンタルします。費用は1月あたり4500円前後(3割)となります。医療機関側で患者さんのCPAPの装着データをクラウド上で確認することを遠隔モニタリングと言いますが、当院ではCPAP治療を行う全ての患者さんに対象機種を導入しておりますので、通院の際にSDカードなどデータの持参は不要です。また、遠隔モニタリングの仕組みを利用し、装着状況が安定されている方には2か月毎の通院加療を行っています。
CPAPの加湿器について
CPAPには加湿器をオプションで付けられるようになっています。冬季などでは特に乾燥しCPAP装着が困難になってしまうケースもあるため、加湿器の装着をおすすめしております。当院では全機種に全例で加湿器をつけて頂くように代理店と契約しています。
CPAPの対応機種
AirSense 10(Resmed)
- 電話回線を内蔵し、SDカードを病院に持参しなくてもデータを遠隔で確認出来ます。
AirMini Portable CPAP(Resmed)
- 持ち運びやすいコンパクトなCPAPで、出張が多い方などにおすすめの機種です。
Dream station(Phillips)
- 電話回線を内蔵し、SDカードを病院に持参しなくてもデータを遠隔で確認出来ます。
- 2層式の圧調整が可能な機種(Bipap)の取り扱いがあります。
Dream station Go(Phillips)
- 持ち運びやすいコンパクトなCPAPで、出張が多い方などにおすすめの機種です。
Sleep Style(Fisher&Paykel)
- 電話回線を内蔵し、SDカードを病院に持参しなくてもデータを遠隔で確認出来ます。
口腔内装置(マウスピース)
口腔内装置(マウスピース)は、下顎を前に出し気道を開通させます。AHI19以下のCPAP適応外のOSASや、CPAPの装着が困難なケースなどで導入を検討します。マウスピース作成は保険適応ですので、ご希望される場合には歯科宛てに紹介状を作成致します。
外科的治療(手術)
扁桃腺が大きい場合や鼻中隔湾曲症などがあり、CPAP装着が困難、あるいは装着しても十分な効果が得られない場合に検討されます。当院ではCPAP治療を十分に行うことが出来ない場合に専門施設への受診をおすすめしご紹介しています。
CPAP治療により期待される効果
OSASに対しCPAP治療を行った場合に得られる効果にはどのようなものがあるのでしょうか、確認してみましょう。大きく分けて3つに分類されます。まずOSASにより正常な睡眠が妨げられていますので、CPAPにより日中の眠気が改善されます。またOSASの患者さんでは日中の判断力や集中力が低下しており、健常者と比べて交通事故のリスクが高いとされていますが、CPAPにより交通事故リスクが軽減されます。さらに重症のOSAS(AHI>30)では、脳心血管病のリスクが高いとされていますが、CPAP治療によりリスクを減らすことが出来ると考えられています。
「日中の眠気」の改善
1日平均3.3時間のCPAP仕様で日中の眠気とQOL(quality of life)の改善を認める。
「交通事故」の予防
OSA患者では日中の判断力・集中力が低下しており健常者と比べて交通事故リスクが約1.2~4.9倍である。
「脳心血管疾患」の予防
無治療の重症OSA患者は健康男性と比較した場合の心血管イベントのオッズ比はそれぞれ2.87、3.17と高値であるが、4時間以上のCPAP治療群において脳心疾患系疾患への予防効果を認める。
「高血圧を含む生活習慣病」の改善
CPAPの降圧効果は5mmHgと限定的ではあるが、冠動脈心疾患を4~5%、脳卒中を6~8%減少させる。
引用:日本医師会雑誌2020第149巻,日本内科学会雑誌2020第109巻
CPAPはどれくらい装着すれば効果があるのか?
ここから先は、検査でAHIが30以上の重症のOSASと診断された方を対象にCPAP治療はどれくらい装着すれば良いのか、というお話をしたいと思います。過去の研究内容に触れながら解説しますので、やや難しいお話になりますことをご了承ください。結論を先に申しますと、「毎日4時間以上装着」することが望ましいと考えます。
結論から先に!>
- AHIが30以上の重度のOSASでは特に致死的な心臓血管病のリスクが高い。
- 1日4時間以上のCPAP装着を行うことでリスクを減らすことが出来る。
(以下、ご興味がある方だけお読みください)
2005年に睡眠時無呼吸症候群でAHIが5以下、5-30、30以上、CPAP治療を行っているOSASの4群に分けて12年間の致死的な心臓血管病の発症率を見た研究があります。この研究では、AHIが30以上の重症OSASは他の群に比べて非常に高い心臓血管病のリスクであることがわかりました。一方、CPAP治療を装着している群の心臓血管病のリスクは健常者とほぼ同じくらいであることも分かっています。
ところが、2016年に行われた新しい研究ではCPAP治療に携わる医療関係者に衝撃を与えました。脳血管、冠動脈疾患の既往をもつ45-75才の中等度以上のOSASの方に、CPAP治療を行う群と行わない群に分けて前向きに介入を行いましたが、両群で心血管イベントの発症率に差を認めなかったのです。
ただし、この試験では1時間あたりの無呼吸・低呼吸指数(AHI)が15以上と中等症の患者が含まれており、治療前の平均AHIが29と比較的軽症であること、CPAPの平均装着時間が3.3時間とやや短いことが影響している可能性があります。
同様に、血行再建(カテーテル治療)が行われた心血管疾患患者を対象に、AHIが15以上(中等症)の睡眠時無呼吸に対し、CPAP治療を行う群と行わない群の2群に分けて前向きに介入を行った試験でも両群で心血管イベントに有意差は認められませんでした。ただし、この試験でも治療前の平均AHIが28と比較的中等症の患者が多数含まれていることが影響を及ぼしている可能性があります。
この試験ではCPAPの装着時間別に解析を行っています。3時間以上、4時間以上、5時間以上装着する群に分けて解析を行うと、4時間以上装着することで心血管イベントのリスクが有意に減少することが分かりました。
別の研究をご紹介します。この試験は睡眠時無呼吸のCPAP装着時間と無呼吸低呼吸指数についてのメタアナリシスです。(複数の臨床試験の結果を統合し解析する手法を「メタアナリシス」といいます。)左側のグラフは横軸にアドヒアランス(CPAPの装着時間)、右側のグラフは横軸に無呼吸低呼吸指数(AHI)を、縦軸は心血管イベントのリスク比率を表しています。CPAPの装着時間は4時間以上、AHIが30以上~40近くの重症になるとリスクが心血管イベントのリスクが減少していることが分かります。つまり、無呼吸指数が30以上の重症の睡眠時無呼吸に対し、CPAPを4時間以上つけることが心血管イベントのリスクを減らす上で重要であるということを示唆しています。
ここまでの内容をまとめます。AHIが30以上の重度のOSASでは、心血管病のリスクが高くCPAPによる加療が望まれます。CPAP治療を行う場合は、4時間以上行うことでリスクを減らすことが出来ると考えられています。
CPAP治療のまとめ
- AHIが30以上の重度のOSASでは特に致死的な心臓血管病のリスクが健常の方と比較して10年で5倍程度と高い。
- 1日4時間以上のCPAP装着を行うことで、リスクを減らすことにつながる。