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【講演会演者】GP SUMMIT2025:開業医における重症喘息の生物学的製剤の工夫

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2025.03.09東京で行われました講演会「GP SUMMIT2025:開業医における重症喘息の生物学的製剤の工夫」に演者として参加してまいりました。本講演では主に呼吸器内科を専門とする開業医を中心に行われ、既存治療でコントロール出来ない重症喘息患者さんに対する「生物学的製剤」の役割、導入のポイントについて話合われました。

以下、本講演の趣旨となりますので、ご興味がある方はご覧ください。

重症喘息について詳しくしりたい方はこちら
重症喘息

重症喘息に対する生物学的製剤治療と患者さんの意思決定支援~開業医における重症喘息の生物学的製剤の工夫~

重症喘息は、通常の治療(高用量の吸入ステロイドや長時間作用型気管支拡張薬などの併用療法)を最大限行ってもコントロールが不十分で、しばしば経口ステロイド(飲み薬のステロイド)による治療が必要となる喘息を指す。全体の喘息患者(日本には約1000万人の喘息患者がいると推定されている)[4]のおよそ5~10%がこの「重症喘息」に該当する[5]。割合としては少ないものの、重症喘息の患者さんは症状が長引いて日常生活に支障が出たり、しばしば発作的な増悪で救急受診や入院が必要になったりと、患者さん本人や家族への負担が大きいのが特徴である。また、重症喘息患者さんでは治療に経口ステロイドを繰り返し使うことが多いが反復使用には副作用のリスクが伴う。こうした重症喘息患者さんに対し、生物学的製剤(バイオ医薬品)と呼ばれる新しい種類の治療薬が近年利用可能になってきている。生物学的製剤は、喘息の炎症や増悪(発作)の原因となる特定の分子(炎症物質)だけを標的として抑える抗体医薬である。そのため標的以外の部分への作用が少なく、全身に広く作用する経口ステロイドのような副作用が起こりにくいというメリットがある。開業医の立場でも、この生物学的製剤をうまく取り入れることで、重症喘息患者さんの症状改善や発作予防が期待できる。しかし、その導入にあたっては患者さん自身の治療選択に対する不安や疑問を解消し、納得して治療を選んでもらうための工夫が重要である。当クリニック(呼吸器内科クリニック)でも、生物学的製剤による治療を導入している重症喘息患者さんが増えており、2025年2月時点で約96名の患者さんがバイオ治療を受けている。これまでの経験から、治療の効果を最大限に引き出すためには、患者さんとの十分なコミュニケーションと意思決定の支援が欠かせないと感じている。本記事では、重症喘息に対する生物学的製剤治療のポイントと、患者さんの意思決定を支援するために医療従事者が「何を」「どう」伝えるべきかについて解説する。

患者の意思決定支援において医療従事者が「何を」「どう伝えるべきか」

新しい治療法を提案されるとき、患者さんやご家族は「本当に効果があるのか」「副作用は大丈夫か」「費用はどのくらいか」といった様々な不安や疑問を抱くであろう。医療従事者の役割は、そうした不安を解消し、患者さんが納得して治療法を選択できるよう支援することである。重症喘息患者さんに生物学的製剤をお勧めする際には、特に次のようなポイントを患者さんに伝える必要がある:

  • 現在患者さんご自身が重症喘息に当てはまること(なぜ重症といえるのか、現在の病状や位置づけ)をきちんと説明する。
  • 生物学的製剤の効果について具体的に説明する: (1) 喘息の症状が改善すること、(2) 喘息による日常生活への支障が軽減すること、(3) 喘息発作(増悪)を長期的に予防できること、そして (4) なぜその生物学的製剤が効くのか(どういう作用メカニズムで自分の喘息に効果が期待できるのか)。
  • 全身ステロイド内服を続けることの将来のリスク(副作用や合併症の危険性)について説明する。
  • 治療費用の詳細について説明する(高額療養費制度など公的な負担軽減策も含め、実際に自己負担がどの程度になるかを具体的に示す)。

これらの「何を伝えるか」に加え、「どう伝えるか」も工夫が必要である。専門的な内容を説明する際には、患者さんの理解度(ヘルスリテラシー)に合わせて、できるだけ平易な言葉を使い、難解な医療専門用語は可能な限り避けることが望ましい。文字ばかりの資料ではなく、図表やイラストを用いたパンフレットなどを活用すると、患者さんが診察後に自宅で情報を整理しやすくなる。また、説明の内容や質を標準化するために、医療者側で**意思決定支援ツール(ディシジョンエイド)**を作成し活用することも有用である。実際、興味がなさそうに見える患者さんには説明資料を手渡し、自宅でゆっくり目を通してもらうというアプローチが効果的であったとの報告もある。限られた診察時間の中で重要なポイントを漏れなく伝えるためにも、こうしたツールを用いて効率よく説明する工夫が有効である。

さらに、患者さんに新しい治療を受け入れてもらうためには、一度説明しただけで終わりにせず繰り返し説明の機会を持つことが重要である[2]。最初は疑問や懸念から治療を見送った患者さんも、時間をおいて再度説明を聞くことで理解が深まり、考えが変わる場合がある。「一度断られたからもう提案しない」ではなく、患者さんのペースに寄り添いながら情報提供を続ける姿勢が求められる。また、可能であれば**看護師や医療ソーシャルワーカー(MSW)**など多職種のスタッフも説明や相談に加わり、様々な視点から患者さんを支えることが望ましい[2]。例えば、費用に関する細かな相談はソーシャルワーカーが、日常生活の工夫については看護師が助言する、といった形でチームで関わることで、患者さんの不安を総合的に軽減できる。

KOFU study の結果とその解釈

生物学的製剤による治療の現状や課題を知る上で、日本で実施された「KOFU study」と呼ばれる大規模調査の結果が参考になる[1]。この調査は、重症喘息の患者さんを対象にインターネットで行われたアンケート研究で、重症喘息患者1247名のうち実際に生物学的製剤による治療を受けている患者が144名、医師から生物学的製剤を勧められたが導入していない患者が48名含まれていた[1]。調査の結果、重症喘息患者の約8割は、生物学的製剤による治療を受けているか否かに関わらず喘息コントロールが不十分であると回答しており、約3~4割の患者が過去に喘息発作で救急受診や入院を経験していた[1]。これは、生物学的製剤を使っている患者さんでもなお症状コントロールが難しい場合が多いことを示すと同時に、こうした治療を導入していない重症患者さんでは依然として発作リスクが高い状態が続いていることを意味する。また、生物学的製剤未導入の群では**日常的に経口ステロイドを連用している割合が52.1%**と、生物学的製剤治療中の群(29.9%)に比べて著明に高く[1]、従来治療のみで重症喘息を管理することの難しさと無理が浮き彫りになっている。

KOFU studyでは、患者さん自身の喘息に対する認識について興味深いデータも示された。医師から重症喘息と診断・評価されている患者さんのうちでも、自分が重症喘息だと認識できていない人が少なからず存在した[1]。特に、生物学的製剤を勧められながらも未導入の患者さんでその傾向が強く、医師が考える重症度と患者さん自身の認識にズレがあることが分かった[1]。このことから、患者さんにご自身の病状を正しく理解してもらうための情報提供が不十分である可能性が示唆される。つまり、重症喘息の患者さんに対しては「あなたの喘息は現在重症で、このままでは十分にコントロールできていません」という事実を丁寧に伝える必要があると言える。

また、本調査では治療に対する患者さんの重視点も比較されている。生物学的製剤未導入の患者さんは治療にかかる費用負担を重視する割合が高かったのに対し、生物学的製剤治療中の患者さんは治療の長期的な効果や日常生活への影響改善をより重視していることが分かった[1]。裏を返せば、生物学的製剤をまだ受けていない患者さんにとって、経済的な負担への不安が治療選択の大きな障壁になっている可能性がある。一方で、生物学的製剤を実際に受けて効果を実感している患者さんは、「多少費用がかかっても長い目で見て症状が良くなること」の方を価値に感じていると考えられる。

生物学的製剤治療を受けている患者さんの満足度は65.3%と高く、多くの患者さんが治療に前向きな評価を示した[1]。さらに興味深いのは、生物学的製剤を開始した患者さんの約半数が「もっと早くこの治療を知りたかった、早く始めたかった」と感じていた[1]。これらの結果は、生物学的製剤が重症喘息の管理に有用であり、患者さん自身も治療後にはその価値を実感していることを示唆している。一方、生物学的製剤の導入に至らなかった患者さん側の理由としては、前述の費用面の懸念に加え、「自分がそこまで重症だとは思わなかった」「発作時に飲み薬(経口ステロイド)で対処すれば十分だと思っていた」といった声が多く挙がっている[1]。これらは裏を返すと、医療費の公的補助制度について十分な説明がなされていなかったこと、重症喘息の定義や長期的な見通しについて患者さんが理解できていなかったこと、そして経口ステロイドの弊害について情報提供が不十分だったことを示している。KOFU studyの解釈として、医師側が生物学的製剤を患者さんにすすめる際に、患者さんが疑問に思うこれらの点――「何をどのように伝えるか」で挙げた情報――をしっかり伝えることが、治療導入の鍵であると言える。

重症喘息患者における治療プロセス

重症喘息患者さんの治療プロセスは、一般的な喘息と比べて複雑で、医療者と患者さん双方の粘り強い取り組みが必要となる。通常の喘息では、吸入薬の増量や種類追加によって多くの場合コントロールが得られる。しかし重症喘息では、それら既存の最大限の治療(高用量のICS/LABA/LAMAの3剤吸入や抗ロイコトリエン薬[モンテルカスト]、テオフィリンなどの内服薬)を行ってもなお増悪を来たすため[5]、治療のステップアップとして生物学的製剤の検討に入る。医師から生物学的製剤の治療選択肢を提示されるタイミングは、少なくとも経口ステロイドの投与を2回要するような増悪が起きた時点(すなわち既存治療では抑えきれない状態になった段階)が目安とする意見がある[2]。早い段階でこの選択肢を患者さんに紹介し、検討を始めることで、「もっと早く知りたかった」という後悔を減らすことが期待でききる。

もっとも、新しい治療を始めるかどうかの最終的な意思決定は患者さん自身に委ねられる。医師が強く生物学的製剤を推奨しても、患者さんが納得できなければ治療は始まらない。KOFU studyでも、多くのケースで患者さんが生物学的製剤を受け入れるまでに複数回の説明が必要であったことが報告されている[1]。一度目の提案で導入に至らなくても、治療の有用性や必要性について対話を重ねるうちに理解が深まり、時間をかけて受け入れていくプロセスがしばしば見られる。医療従事者としては、患者さんが慎重に検討できるよう必要な情報を提供しつつ、タイミングを見計らって再提案するなど根気強い対応が求められる。

生物学的製剤を開始した後のフォローアップも治療プロセスの重要な一部である。治療を始めた患者さんの多くは前述のように症状の改善や発作予防効果を実感し満足度も高いが[1]、だからといって放置して良いわけではない。定期的に診察を行い、効果の確認や副作用のモニタリングを続ける必要がある。また、生物学的製剤は通常数週間~1ヶ月に1回の注射などで投与されるため、継続的に通院してもらう必要がある。その際、患者さんの通院負担を軽減する工夫(予約の調整や待ち時間短縮など)も開業医としては心がけている。

一方で、生物学的製剤の提案を最終的に患者さんが断念するケースもある。その理由としては先ほど述べたように費用の問題、病気に対する認識不足、ステロイド治療への慣れなどがあるが[1]、そのような場合でも患者さんの決定は尊重されなければならない。ただし、医療者側は「選ばなかった場合のリスクや別の選択肢」についても今後も情報提供を続け、状況の変化に応じて再度検討できるようサポートを継続することが大切である。治療プロセスとは患者さんの人生に沿った長期的な取り組みであり、一度の外来で結論を急がず、患者さんと二人三脚で最適な治療を模索していく姿勢が求められる。

シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)の重要性

重症喘息の治療選択において近年強調されるのが、シェアード・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making, SDM)と呼ばれるアプローチである。SDMとは、医療者と患者さんが一緒になって治療方針を決めていくプロセスのことで、それぞれの知識や情報を共有し、患者さん個人の価値観や希望を考慮に入れながら、共に合意できる治療を選択していく方法である[3]。従来の医療では、医師がエビデンスに基づいて最善と思われる治療法を選び、患者さんに説明・同意を得るという形(いわゆる「インフォームド・コンセント」の形)が一般的であった[2]。しかし重症喘息のように選択肢が複数あり、それぞれメリット・デメリットや患者さんの負担が異なる場合、医師が一方的に決めるのではなく患者さん自身の意向を十分に尊重することが重要である[2]。

なぜ重症喘息診療にSDMが必要とされるのだろうか[2]。理由の一つは、患者さん一人ひとりの疾患理解や情報量に差があることが挙げられる。ある患者さんは喘息について深く理解しているかもしれないが、別の患者さんはそもそも生物学的製剤という選択肢を知らないかもしれない[2]。また、経済的な事情も人それぞれで、治療にかけられる費用負担の感覚(価値観)は異なる[2]。さらに、医療を受ける上で「自分の希望を尊重してほしい」と考える患者さんが増えてきている、患者中心の医療が重視される時代になっている[2]。こうした背景から、「生物学的製剤を行わない」という選択肢が依然多くの患者さんにとってのデフォルト(何もしなければそうなる選択肢)となっている現状を変えていくには[2]、医療者が積極的に情報提供を行い、患者さんと対話を重ねていくSDMの姿勢が不可欠である。

SDMの利点は、患者さんが自分の価値観に基づいて納得した決定を下せるよう支援することで、治療に対する理解と納得感が高まり、結果として治療遵守(決めた治療を続けること)が向上しやすい点が挙げられる[3]。また、自分で選んだという実感があることで、後から「本当は別の選択肢が良かったのでは…」と後悔する可能性も減るとされている[3]。特に、医療知識や理解度が高くない患者さんほどSDMの効果は大きいと言われており、そうした患者さんに対してSDMを導入すると、知識の向上や情報に基づいた選択(インフォームドチョイス)の率、意思決定への参加度、自分で決められるという自己効力感が高まることが報告されている[3]。実際、ヘルスリテラシー(健康情報の読み解き力)や社会経済的地位が低い患者さんに対する研究で、SDMを用いた介入がこれらの面で良い影響を与えたとのメタ分析結果がある[3]。言い換えれば、本来医療者任せにしがちな患者さんにこそSDMが有用である。

SDMを実践する上でのポイントは、(1) 患者さんが治療選択に参加する意思があることを確認する、(2) 利用可能な治療選択肢(何もしないという選択肢も含めて)を提示し、それぞれの利点・リスクをわかりやすく伝える、(3) 患者さんの不安や疑問、希望する生活背景などをよく聴き、それに基づいて一緒に考える、そして(4) 双方が合意した治療方針を決定し実行に移す、という流れである[3]。例えば、生物学的製剤を提案する際にも、「今の治療を続ける」「新しい治療を試してみる」「もう少し様子を見る」といった選択肢を提示し、それぞれの見通しを説明する。その上で患者さんが感じているメリット・デメリットを話し合い、医師自身の意見(お勧めしたい方向性)も率直に伝えつつ、最終的にどうするかを一緒に決めていく[2]。このとき、先に述べたような患者さん個々の重視点(費用か効果か等)を把握することや、患者さんの理解度に応じて説明の仕方を工夫することが重要となる。

生物学的製剤の特徴とメリット

改めて、生物学的製剤とはどのような治療なのか、その特徴とメリットを整理する。生物学的製剤は上述の通り、喘息の原因となる炎症の分子だけを狙い撃ちする抗体製剤である[5]。喘息には様々な炎症メカニズムがあるが、多くの重症喘息では「2型炎症」と呼ばれるタイプの炎症反応(好酸球という白血球やIgE抗体が関与するアレルギー型の炎症)が関与している。現在利用可能な生物学的製剤の多くは、この2型炎症の経路上の分子を標的にしており、炎症の連鎖を上流で食い止めることで喘息症状や発作を抑える。例えばオマリズマブ(商品名:ゾレア)はIgE抗体を、メポリズマブ(ヌーカラ)は好酸球の増殖因子であるIL-5を、デュピルマブ(デュピクセント)はTh2細胞から出るIL-4/13経路を、そして最新のテゼペルマブ(テゼスパイア)は気道上皮細胞が放出するTSLPという「アラーミン」(炎症の警報物質)をそれぞれ標的としている。これらはすべて重症喘息の増悪に深く関わる分子で、患者さんの病態に応じて適切な薬剤を選択することで、高い効果が期待できる。

生物学的製剤の最大のメリットは、やはり副作用プロファイルの良さにある。全身ステロイド(飲み薬のステロイド)は喘息治療で古くから使われているが、全身への作用が強いため長期使用すると様々な副作用(糖尿病、骨粗しょう症、高血圧、白内障、感染症リスク増加、うつ症状など)が問題となる[6]。実際、長期的に経口ステロイドを常用している重症喘息患者さんでは、用量に応じてこれら合併症の発生リスクが大きく上昇することが知られている。ある研究では、5mg未満の低用量のプレドニゾロン(ステロイド)であっても、全く使用しない場合に比べて合併症発生オッズが約2.5倍に増加し、5~10mgの中用量では約3倍、10mg超の高用量では約3.3倍にまでリスクが跳ね上がったと報告されている[6]。その点、生物学的製剤は作用の標靴が限局されているため、ステロイドほど広範な副作用は起こりにくく、安全性の面で大きな利点がある[5]。注射製剤であるため皮下出血や注射部位反応などはありますが、これまでの臨床使用では重大な副作用は比較的まれで、長期にわたり安全に使用できるケースが多い。

また、生物学的製剤は発作(増悪)を予防するだけでなく、普段の喘息症状自体も改善させる効果があることが示されている[7]。重症喘息の患者さんは、発作に至らないまでも慢性的に咳や息切れ、胸の苦しさといった症状に悩まされ、生活の質(QOL)が低下していることが少なくない[7]。国内の調査でも、コントロール不良な喘息患者さんは症状負担が大きく、仕事や社会活動にも支障が出ていることが報告されている[7]。生物学的製剤を使って喘息の状態が安定すると、こうした日常的な症状も軽減し、夜ぐっすり眠れる、日中に息苦しさを感じずに過ごせる、といった生活の質の向上が期待できます。実際、生物学的製剤の導入後に「趣味や仕事に前より積極的に取り組めるようになった」「外出や運動を諦めずにできるようになった」といった声も聞かれる。単に発作を防ぐだけでなく、「いつも調子が悪い」という状態から解放される可能性があるのは、患者さんにとって大きなメリットと言えるだろう。

喘息管理の現状と治療選択肢

最後に、重症喘息を含む喘息治療全体の現状と選択肢について整理する。喘息は日本人の約8%が抱えるありふれた病気であり、その患者数は約1000万人にも上がる[4]。大部分の喘息患者さんは、吸入ステロイド薬と気管支拡張薬(例えば吸入剤のシムビコートやアドエアなど、ステロイドと長時間作用型β2刺激薬の配合薬)で症状をコントロールできている。しかし、その中の5~10%程度の患者さんは標準的な治療ではなお症状が残り、発作を繰り返す重症喘息に該当する[4]。重症喘息では、ガイドライン上は最重症のステップ5に位置づけられ、個々の患者さんの病態に応じて追加の治療オプションを考える必要がある。

現状の治療選択肢としては、大きく分けて以下のようなものがあります:

  • 吸入療法の強化:高用量の吸入ステロイドにLABA(長時間作用型β2刺激薬)やLAMA(長時間作用型抗コリン薬)を追加したり、デバイス(吸入器)の技術を見直す。最近では1つの吸入器にステロイド・LABA・LAMAの3剤が入った固定配合薬も登場し、これらを活用することで吸入薬治療を最適化する。
  • 経口薬の併用:抗ロイコトリエン薬(例:モンテルカスト)やテオフィリン薬などを追加して気道の炎症を抑える。ただし効果には個人差があり、副作用にも注意が必要である。
  • 全身性ステロイド(経口ステロイド):どうしても症状が悪化した場合に、一時的にプレドニンなどの飲み薬ステロイドを使用する。短期間であれば有効ですが、前述のように副作用リスクがあるため「できれば使いたくない薬」、しかし生物学的製剤が普及する以前は、重症喘息の患者さんは発作のたびに何度もステロイドを使わざるを得なかった。
  • 生物学的製剤:ここまで述べてきた新しい選択肢である。対象となるのは主に2型炎症が関与する重症喘息で、患者さんの血液検査(好酸球の数やIgE値)や症状の特徴から適応を判断する。生物学的製剤の導入によって経口ステロイドの使用量を減らせるケースが多く報告されており、国内外のガイドラインでも重症喘息に対する有力な治療選択肢として推奨されている[8]。

これらの選択肢の中で何を組み合わせ、どのタイミングで導入するかは、患者さん一人ひとりで異なる。まさにオーダーメイドの治療が必要であり、そのためにもSDMによる話し合いが不可欠である。例えば、「発作予防のために生物学的製剤を始めたいが、どうしても週1回の通院が難しい」という方では、在宅自己注射が可能な薬剤を選ぶこともある。また「副作用が怖いので生物学的製剤はまだ躊躇している」という方では、まずは従来の治療を徹底しつつ、経口ステロイドをなるべく使わない工夫(予防投与の強化など)を講じる場合もある。このように、患者さんの希望やライフスタイル、価値観に沿った治療を一緒に考え、選択肢を提案していくことが現代の喘息治療には求められている。

喘息管理の目標は、言うまでもなく「患者さんが症状に悩まされず、普通の生活を送れるようにすること」である。そのためには、単に発作を抑えるだけでなく、症状がよくない状態が続いて将来的に肺機能が低下してしまうのを防ぐことも重要である[5]。喘息の増悪を繰り返すと少しずつ肺機能が低下し、いわば「気道の老化」が進むことがわかっている[5]。先述の研究では、増悪を年に1回起こす人は起こさない人に比べて約3倍ものスピードで肺活量が落ちていくという結果も出ている[7]。長い目で見れば、今の治療が将来の自分の肺を守ることにつながります。重症喘息の患者さんに生物学的製剤を提案するのも、そうした将来的なリスクを減らし、日々の症状と将来の悪化の両方を防ぐことで、5年後10年後も元気に過ごしていただくことを目指しているからである。

今後も喘息治療の研究は進み、新たな薬剤や方針が出てくるだろう。しかし、どんな治療であっても最後にそれを選ぶのは患者さんである。医療従事者はエビデンス(科学的根拠)と経験に基づいて最善と思われる選択肢を提示しますが、それを受け入れるかどうか、生活に組み込んでいけるかどうかは患者さんの意思と努力にかかっている。だからこそ、患者さんと医療者が対等な立場で話し合い、お互いに納得して治療方針を決めていくSDMが大切である。重症喘息という難敵に立ち向かうため、患者さんと医療者が二人三脚で歩みながら、最適な治療を模索していければよいと考えられる。


参考文献

  1. Tamada T, Sugiura H, et al. Therapeutic Research. 2021;42(12):853-861. – 「重症喘息患者における治療および喘息症状についてのインターネット調査(KOFU study)」の報告。
  2. Durand MA, Carpenter L, Dolan H, et al. PLoS One. 2014;9(4):e94670. – Shared Decision Making介入が低ヘルスリテラシー患者にもたらす効果を検証したメタ分析。
  3. Nagase H, Ito R, Ishii M, et al. Adv Ther. 2023;40: (オンライン先行公開). – 喘息コントロール状態とQOLの関係を調査した日本のクロスセクション研究。
  4. 厚生労働省 平成26年人口動態統計(2014年) – 日本の人口・喘息有病率に関する統計データ。
  5. Chung KF, Wenzel SE, Brozek JL, et al. Eur Respir J. 2014;43(2):343-373. – 重症喘息の定義・評価・治療に関する国際ガイドライン。
  6. Dalal AA, Duh MS, Gozalo L, et al. J Manag Care Spec Pharm. 2016;22(7):833-847. – 「重症喘息患者における長期経口ステロイド使用量と合併症リスクの関係」を検証した研究。
  7. Matsunaga K, Hirano T, Oka A, et al. J Allergy Clin Immunol Pract. 2015;3(5):759-767.e1. – 「喘息患者における1秒量(肺機能)の年間低下率と増悪頻度の関連」を示した研究。
  8. Tamada T, Sugiura H. Respir Investig. 2023;61(6):815-823. – 重症喘息に対する生物学的製剤治療の課題(治療への慣性)について論じたレビュー。

 

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