長引く咳とは
咳は肺や気管支の中に外から入ってきた異物を取り除こうとする防御反応です。例えばかぜにかかった時に咳や痰(たん)が出るのは、体の中に入ったウイルスや細菌を外に追い出すためです。しかし咳そのものがひどくなったり長引いてしまうと、会話中にも咳がでたり、夜も眠れなくなったり、筋肉や骨が痛んだりして痛みのために日常生活に支障を来すこともあります。咳の原因は、感染症や感染以外の原因(アレルギーなど)を含め非常に多岐にわたることが診断を難しくしており、治療を受けているのにも関わらずなかなか治らないことも珍しくありません。そのため長引く咳の治療をするためには、原因を特定することがシンプルですが、最も大切なことです。
咳は様々な場所・原因で起こる
咳は何故起こるのでしょうか。咳は気管支や肺だけでなく、のど、鼻、食道など幅広い臓器に分布する咳のセンサー(末梢咳受容体)が刺激され、神経を介して、脳中枢に刺激が伝わることにより、反射的に起こります。つまり、咳は気管支だけでなく、鼻・喉・胃を含む様々な原因で起こります。また咳を意図的にこらえることを可能にしているのは、咳が大脳による制御を受けているからと言われています。ストレスなどが原因で起こる咳を心因性咳嗽と言いますが、この咳反応には大脳由来の機序も想定されています。
咳の原因は1つとは限らない
様々な場所・原因で起こる咳ですので、咳の原因はいつも1つとは限りません。本邦の大学病院において長引く咳の患者さんを対象とした研究では、咳の原因で「複数原因」が最多であり、中でも「咳喘息+逆流性食道炎」が半数以上であったと報告しています。
長引く咳の原因を特定するには?
長引く咳の原因を特定するには、「詳細な問診」が大切です。問診を行うことで咳の原因となっている疾患を絞り込み、診断の裏付けや希な疾患を除外するために「適切な検査」を行います。当院で行っている問診について少しだけご紹介致します。
長引く咳の問診の例
- 咳が長引いて困ったことはありますか?
- 過去に気管支拡張テープや吸入薬で咳が改善したことはありますか?
- 小児喘息の既往はありますか?
- 過去にアレルギー検査を行ったことはありますか?
- 埃やダニ、花粉などのアレルギーはありますか?
- 今回の咳のきっかけは何ですか?(感冒が契機ですか?)
- 症状出現後から本日までの間に咳のピークは越えましたか?
- 咳が最も悪化する時間帯は?(起床時、日中、夕方、就寝前、就寝中、食後)
- 咳が悪化する誘因は?(食事、タバコ、電車、仕事)
- 咳をしすぎてオエっとなること(咳き上げ)はありますか?
- 胸焼け、もたれはありますか?(胃カメラの既往はありますか?)
- のどの違和感(ムズムズ感、つまり感、痰がらみ感)はありますか?
- 咳払いすることはありますか?
- 鼻がのどに垂れ込む感じ(後鼻漏)はありますか?
- 季節の変わり目、寒暖差、香水や線香やタバコの煙で咳は出ますか?
- 呼吸苦はありますか?(吸えない、吐けない、動いたとき、安静時)
- 現在または過去に喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒュー)はありますか?
- 痰は出ますか?(あれば色や性状はどうですか?)
咳の好発する時間帯
疾患毎に咳が出る時間帯に特徴があります。診断のポイントは就寝中にも咳が出るかどうか、咳のピークの時間帯があるかどうかを確認することにあります。
咳喘息/喘息
昼夜を問わず咳が出るが、夜間~早朝にかけて咳のピークがある。
アトピー咳嗽、喉頭アレルギー
日中主体の咳で夕方~夜にかけ悪化するが、就寝中は出ない。
逆流性食道炎(高位逆流)
食後や臥床にて咳が悪化します。
逆流性食道炎(低位逆流)
低位逆流の場合、日中主体の会話中の咳や咳払い感が特徴です。
後鼻漏(鼻がのどに落ちること)による咳
数分後毎に悪化する痰がらみの咳が特徴で、就寝中は出ず、起床時に悪化する。
細菌性肺炎・気管支炎(マイコプラズマ、百日咳)
感染症に伴う咳は昼夜問わず出続ける。
心因性咳嗽
通勤途中・会議など、精神的な緊張を伴う場面で悪化。帰宅後や就寝中は出ない。
当院で行っている検査の一例
- 胸部X線
- 胸部CT(外部の医療機関へ委託)
- 副鼻腔X線
- 呼吸機能検査
- 呼気一酸化窒素(NO)(ナイオックス)
- 気道抵抗性試験(モストグラフ)
- 血液検査(アレルゲン検査、炎症反応検査、結核)
- 喀痰検査
咳の分類
咳の持続時間と咳の性状から、原因をある程度推定することが可能です。
咳の期間による分類
- 急性咳嗽(がいそう)(~3週間)
- 遷延性(せんえんせい)咳嗽(3週間~8週間)
- 慢性咳嗽(8週間~)
咳の性状による分類
- 乾性咳嗽(かわいた咳)
- 湿性咳嗽(痰が出る咳)
急性咳嗽(がいそう)
咳が出始めてから3週間以内の咳を急性咳嗽(がいそう)といいます。急性咳嗽の原因は感染性(細菌やウイルス)が多く、感冒、感冒後咳嗽、急性副鼻腔炎、細菌性肺炎などが鑑別に挙がります。急性咳嗽は自然経過することも多く、2週間以内に咳がピークアウトするかどうかが大切です。またウイルス感染に対し抗生剤は奏功せず、将来の耐性菌のリスクとなってしまいます。当院は気道感染に対し、抗生剤が必要な疾患かどうかの見極めを必ず行い、不必要な投与が行われないように心がけております。
遷延性咳嗽(せんえんせいがいそう)
咳が出始めてから3週間~8週間までの咳を遷延性(せんえんせい)咳嗽(がいそう)といいます。遷延性咳嗽の原因としては感染性の割合が減りますが、百日咳やマイコプラズマ感染症の可能性、細菌性肺炎の可能性もあります。感染症以外の咳嗽の可能性も考慮する必要があり、例えば咳喘息やアトピー咳嗽、逆流性食道炎などによる咳も鑑別に挙がります。
慢性咳嗽
咳が出始めてから8週間以上経過した咳を慢性咳嗽といいます。慢性咳嗽の原因としては感染症の割合は少なく、非感染性を考慮する必要があります。咳喘息やアトピー咳嗽、逆流性食道炎に加え、慢性副鼻腔炎、肺結核、肺非結核性抗酸菌症、肺がんなども鑑別に挙がります。
感染性の咳
抗生剤が奏功するのは細菌に対してだけであり、ウイルスには効きません。抗生剤の適切使用のためには、細菌感染をいかに適切に診断し治療できるかどうかが重要です。膿性痰の有無、炎症反応、胸部Xpなどを参考に診断します。
感染性の咳を引き起こす代表的なウイルス
- インフルエンザウイルス
- RSウイルス
- ライノウイルス
- コロナウイルス
感染性の咳を引き起こす代表的な細菌
- 肺炎球菌
- インフルエンザ桿菌
- モラキセラ
- マイコプラズマ
- 百日咳
風邪を引いた後に出る咳の考え方
かぜ(感冒)はウイルス感染により、気道感染を起こすことにより咳が出ます。ウイルス感染を起こした場合、外敵を排除し、痰を排出させるために咳反射が起こります。これは誰でも起こる生理的な反応です。そして、ウイルス感染などにより気道粘膜に傷害が起こると、気管支は一時的に過敏となり、気道粘膜が修復されるまでの間(2~3週間)は咳が出やすくなります。そのため、かぜ(感冒)でも2~3週間程度は咳が続くことがあり、これを感染後(感冒後)咳嗽といいます。
一方、喘息や咳喘息などの疾患を既に持っている方が風邪をひいた場合はどうなるのでしょうか。これらの疾患では、感冒を契機に気道過敏が悪化し、咳嗽が続くことがあります。咳が出始めてから2週間以内では、感冒後咳嗽なのか、咳喘息や喘息など他に咳を起こす疾患によるものなのかを区別することは難しく、病態としては併存することもあります。これらの疾患を鑑別するポイントとして、①他疾患による咳嗽を疑う所見があるか?②咳のピークが2週間以内にみられるか?③過去に喘鳴や呼吸苦、吸入による改善があるか?の3つを確認することが重要です。
非感染性の咳
詳細な問診・診察に加え「呼吸機能検査」「呼気NO検査」「気道抵抗性試験(モストグラフ)」などの検査を行い診断します。また、頻度は少ないものの見逃してはいけない疾患があります。これらの疾患を見逃さないためには「胸部レントゲン検査」が必要です。咳が2週間以上続いている場合は撮影した方がよいでしょう。
非感染性の咳を起こす代表疾患
- 気管支喘息
- 咳喘息
- アトピー咳嗽
- 季節性喉頭アレルギー
- 上気道咳症候群(後鼻漏)
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 逆流性食道炎
- 心因性咳嗽
頻度は少ないが見逃してはいけない疾患
これらの疾患は胸部Xp(胸部CT)で診断を行います。
- 気管支拡張症
- 肺結核
- 肺非結核性抗酸菌症
- 肺真菌症
- 肺がん
- 間質性肺炎
まとめ
長引く咳の診療は、詳細な問診に加え、見逃してはいけない疾患を除外することが大切です。市販の風邪薬を内服や医療機関に受診しても2週間以上咳が長引く場合は、呼吸器内科にぜひご相談ください。