逆流性食道炎とは
「胃食道逆流症」(GERD(ガード):Gastro Esophageal Reflux Disease)とも呼ばれ胃酸が食道へ逆流することにより胸やけもたれやなどの不快感を覚える病気です。 胃内容物によって不快感を起こした状態を言い、あくまで患者さん側が規定する疾患であるということがポイントです。実際、胃もたれや不快感等の症状は患者さんの方が診察する医師以上により重く感じている可能性があります。
GERDと呼吸器疾患は関連している
当院では、呼吸器の診察を行う際にGERDの有無について必ずFスケールという問診票を用いて確認を行っております。「GERDは胃の病気なのになぜ咳の診察で確認するのか?」といいますと、GERDが呼吸器疾患と密接な関連があるからです。長引く咳の原因として欧米ではGERDが約1/3を占めると言われており、日本でも最近ではGERDによる長引く咳の患者さんが増えているという報告があります。また、咳が出ることでGERDが悪化し、さらに咳が悪化するという悪循環(Cough-Reflux Self Perpetuating Positive Feedback Cycle)」という概念も提唱されています。そして重症喘息においては治療すべき併存症の1つと位置付けられています。
呼吸器疾患とGERD
胃食道逆流症(GERD:Gastro Esophageal Reflux Disease)とは
胃酸が食道へ逆流することにより胸やけもたれやなどの不快感を感じる疾患
長引く咳の原因として本邦でも増加傾向であり(1)咳喘息と合併することも多い(2)
喘息とも関連があり(3)重症喘息の併存症としても重要な疾患と位置付けられている(4)
(1)Niimi A et al, Pulmonary Pharmacology & Therapeutics 47 (2017) 59-65
(2)Kanemitsu Y et al, Allergology International 68 (2019) 478-485
(3)Gut 2007;56:1654–1664
(4)難治性喘息診断と治療の手引き2019
Fスケール問診票 (FSSG)
FスケールはGERDの症状を簡単に評価することができる問診票です。12項目からなる質問項目をつけてみましょう。8点以上で高値と判断します。
M.Kusano et al,J Gastroenterol,39,888(2004)
内視鏡により診断される逆流性食道炎に対するF-スケール
- 8点以上: 感度62% 特異度59%
- 10点以上: 感度55% 特異度69%
- 感度:疾患を持っている方のうちその検査が陽性になる割合
- 特異度:その検査が陰性であった場合にその疾患ではない確率
つまり、F-スケールが8点以上なら60%、10点以上なら70%の確率で胃カメラにより診断される逆流性食道炎があると考えます。
胃カメラ正常の胃酸逆流症:NERD(ナード)とは
胃カメラを行った際に、逆流性食道炎と診断を受けた方もいらっしゃると思います。それでは胃カメラ所見で異常が見られなければ胃食道逆流症ではないと診断してもよいのでしょうか?実は、胃カメラでは炎症が見られないが胸焼けやもたれなどの症状を呈する疾患を非びらん性胃食道逆流症(NERD:ナード)といいます。GERDは胃酸逆流による症状が主体ですが、NERDは食道の知覚過敏が原因となっていると言われています。そのため、GERDとNERDでは病気の特徴が少し異なります。GERDは男性、高齢、肥満、喫煙者が多く、治療薬(PPI)が奏功しやすいという特徴があり、NERDは女性、若年、痩せ型に多く、治療薬に反応しにくいという特徴があります。胸焼け・もたれなどの症状がある方を対象とすると、GERDは4割、NERDは6割とされ、実はNERDの方が多いことが分かっています。
GERDとNERD 臨床像の違い
1. Fass R et al. J Clin Gastroenterol 2007;41:131-137
2.Ang TL et al. World J Gastroenterol 2005;11:3558-3561
GERDの診断:咳の原因として
当院は呼吸器内科のクリニックであり、咳をきっかけとしてGERD治療を行う方がほとんどです。そのため、咳という切り口からGERDの治療をまとめてみます。日中主体の咳で食後に悪化する咳、若年・女性・やせ型の方であればNERDを疑います。一方、就寝前など臥床時や食後に悪化する咳や、高齢・男性・肥満・喫煙者であればGERDを疑います。F-scaleを確認し、8点以上であればGERDを疑います。ただし、F-scaleが7点以下であってものどの違和感(咽喉頭異常感)や咳払いなどがあれば咽喉頭逆流症(LPRD)による咳を疑い耳鼻科での喉頭ファイバーをおすすめします。内視鏡の検査歴があり、GERDと診断される場合はPPI(胃酸を抑える薬)による治療を行い、検査歴がない場合は、PPIによる診断的治療を行い判断します。
咳を切り口としたGERD診断の流れ
GERDの治療
生活習慣の修正
GERDと生活習慣には関連があり、生活習慣の修正を行うことでGERDの改善が得られることが知られています。肥満者に対する減量、喫煙者に対する禁煙、遅い夕食の回避や、就寝時の頭位挙上などが挙げられます。また食事内容については、胃酸分泌を促進させるものを避けることが重要です。
GERDにおける生活習慣の修正
- 肥満者に対する減量
- 喫煙者に対する禁煙
- 食後4時間以上空けて就寝する
- 就寝時は頭位を挙上する
- 胃酸分泌を増やす脂肪食、柑橘類、アルコール、カフェイン、甘食を控える
胃酸分泌抑制薬
GERDに対し、胃酸分泌抑制薬による薬物治療を行います。薬剤として良く使用されるものはH2ブロッカー(H2RA)、プロトンポンプインヒビター(PPI)、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)の3つがあります。過去の検討ではGERDに対し、H2RAよりもPPIの方が効果が高く、PPI治療抵抗性の場合でもP-CAB治療はより高い効果を得たと報告されています。そのため本邦のガイドランでは第一選択薬としてPPI、治療抵抗性の場合にはP-CABが推奨されています。
主な胃酸分泌抑制薬
PPI
PPIは胃粘膜壁細胞に存在するプロトンポンプを阻害し胃酸分泌を抑制します。
代表的な薬
オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾール、エメプラゾール(ネキシウム)
P-CAB
P-CABはプロトンポンプの稼働に必要なカリウムを阻害することにより、胃酸分泌を抑制します。カリウム競合型アシッドブロッカー(P-CAB)と呼ばれています。
代表的な薬
ボノプラザン(タケキャブ)
H2RA
胃粘膜壁細胞に存在するヒスタミンH2受容体を阻害することにより、胃酸分泌を抑制します。PPIやP-CABよりは胃酸分泌抑制効果が弱いです。
代表的な薬
ファモチジン(ガスター)
消化管機能改善薬
前述したFスケール問診票を見ると、黄色の部分(胃酸逆流)と緑の部分(運動不全、もたれ)に分かれています。お腹が張る、食事をした後に胃がもたれたり、すぐに満腹になってしまう、げっぷが多いなどの症状は胃もたれ(運動不全)を疑う症状です。胃もたれ症状はNERDに多いとされています。また胃の機能不全が主体の「機能性ディスペプシア」という疾患概念もあり、GERDとは異なる疾患と考えられています。もたれを改善する薬としては消化管機能改善薬が良く使用されます。アコチアミド(アコファイド)という薬については、「機能性ディスペプシア*」に対してのみ保険適応となっています。
機能性ディスペプシアとは
症状の原因となる疾患がないのにもかかわらず、慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの症状を呈する疾患で、上部消化管内視鏡検査胃カメラで異常所見がない場合に診断されます。
消化管機能改善薬
イトプリド(ガナトン)
イトプリドは主に上部消化管(胃)のみに作用し、胃もたれを改善させます。胃もたれがあるが、便秘がない方や下痢気味の方に適しています。
モサプリド(ガスモチン)
モサプリドは上部消化管(胃)に加え下部消化管(腸)にも作用します。胃もたれに加え、便秘がある方に適しています。
アコチアミド(アコファイド)
機能性ディスペプシアに対し使用されます。胃腸の運動は副交感神経を亢進させるアセチルコリンという神経伝達物質の働きで活発になりますが、この薬は、アセチルコリン分解酵素のアセチルコリンエステラーゼを阻害し、アセチルコリンの量を増やします。その結果、副交感神経の刺激が強まり胃の運動が活発になります。
胃食道粘膜保護薬(アルロイドG)
アルロイドGは、コンブやワカメに代表される褐藻類に特有な天然多糖類アルギン酸を有効成分とする胃粘膜保護剤です。緑色のドロっとした液状の薬で、胃・食道粘膜を保護する役割があります。(泥っとした食感が苦手な方もいらっしゃるようです)PPIが奏功しないGERDに対し投与することがあります。個人的な主観ですが、食道知覚過敏が原因と言われているNERDにおいて、咽喉頭異常感が強い場合に奏功することがあります。
漢方薬
GERDに対し漢方薬による治療を行うことがあります。もたれ症状に対する六君子湯と胸やけ症状に対する半夏瀉心湯、咽喉頭逆流症に対する半夏厚朴湯や茯苓飲合半夏厚朴湯などが良く使用されます。
GERDと漢方薬
- 半夏瀉心湯(胸やけ症状)
- 六君子湯(もたれ症状)
- 茯苓飲合半夏厚朴湯(喉の違和感が強い場合)
症状が持続する場合には胃カメラを受けましょう
GERDが疑われPPIが改善するも再発する場合、あるいはPPIが奏功せず胸やけやもたれ症状が持続する場合、当院では胃カメラを行うことをお勧めしています。胃カメラを行うことで、GERD(所見あり)とNERD(所見なし)の診断や、器質的な異常がないことを確認することでFD(機能性ディスペプシア)の診断を行うことが出来ます。GERDとNERDとFDでは治療の考え方が異なりますので、より病態に合わせた治療を選択できるようになります。また胃カメラを契機にピロリ菌が見つかることがあります。ピロリ菌による萎縮性胃炎は胃癌のリスク因子となりますので、除菌療法を行った上で1~2年に1回は胃カメラによる観察を行った方が良いでしょう。当院は呼吸器内科クリニックですので、胃カメラを自院で行うことは出来ません。ご希望される場合には胃カメラが上手な先生をご紹介いたします。